なにもしないをすること
「私達はこの世をみるために、聞くために生まれてきた。 この世は、ただそれだけを望んでいた。 ・・・だとすれば、何かになれなくても、私達にはいきる意味があるのよ」
映画『あん』 - 白髪三千丈
すてきな方のブログを見つけました。
年齢は離れているけど、いろいろなことに好奇心をお持ちのようで、ブログも見ていて楽しいです。
引用は、映画のセリフのようです。
私は特に何かに生きがいを見出しているわけでもなく、天職を見つけたわけでもなく、
このまま平凡に生きていることにものすごい焦りを感じて、若いながらに常にその事で悩んでいます。
もちろん、周りに居る誰よりも日々の生活を楽しんでいるという自信はありますが、
やりたいことが山ほどあるのに、それに踏み出せていない自分が少し残念。
私は職場に、本当に仲が良くて、プライベートで出かける友達と呼べる人は、2人くらいしか居ません。なぜ他の人と仲良くなりたいと思わないか。
「この人って、なにを楽しみに生活しているんだろう。」
と思ってしまうひとばかりだからです。もちろん、何が楽しいか決めるのは本人なので、別に問題はありません、ただ個人的に魅力を感じないだけ。
既婚なのに家に帰りたくない人、子供はかわいいという人、子供の為に離婚しない人、手当分を隠しておいて風俗貯金する人、新婚なのに全く幸せそうじゃない人、休日いつも家に居る人、つまんないことでつまんない文句をいう人、海外にいったことがない人・・・
さすがに、こんな話を聞くと、そう思ってしまいます。
もちろん、本人の人生なので問題はないし、大人の事情もよく分かります。
どこかの記事で読みましたが、日本人はリラックスする事と、楽しみを生み出す事がものすごく苦手だと思います。友達が外人ばかりなので、よく感じます。
外人の友達が多いと、よくホームパーティしますが、会社の人に話すと、
「パーティーって何するの?」と聞かれます。・・・は?
答えといえば「なんでも。」です。
「楽しい事なんでも。」
みんなで輪になってゲームするのも、みんなで映画をみるのも、ただ下品な話をしながらピザを食べるのも、彼らはパーティーと呼びます。楽しければOK。
私は子供の頃から、何も無いところから楽しみを見つけるのが上手い方だと思います。
でも、楽しみが用意された場所に行かないと楽しめない人が多いです。
日々の生活を楽しんでる方だと思うし、みんなが知らない楽しさも知っているし、
なのにまだまだ足りないと感じるのはなぜでしょうか。
プライドが高すぎるのでしょうか。欲しがり過ぎでしょうか。
「もし今日が最後の日だとしても、今からやろうとしていることをするだろうか」と。「違う」という答えが何日も続くようなら、何かを変えなければならない時期にきているということです。
・・・
墓場で一番の金持ちになることに何の意味がある。毎晩寝る前に「今日は素晴らしいことをした」と思えること、それにこそ価値がある。